ゲノム時代の肺癌薬物療法の発展と臨床倫理
広島市立安佐市民病院 腫瘍内科 主任部長
呼吸器内科部長
内科・総合診療科部長
北口 聡一
進行非小細胞肺癌における生存期間は、殺細胞性抗がん剤治療を実施できて中央値1年であったが、癌細胞にドライバー遺伝子変異が見つかり分子標的薬治療ができると、2年-3年と予後延長した。さらに、免疫チェックポイント阻害剤が登場し5年生存も可能な時代となった。また本年6月ごろには、保険適応で遺伝子パネル検査が可能となり、いよいよがんゲノム医療が本格的に始まる。
現時点のパネル検査の対象疾患は、
- 標準治療後の固形癌患者
- 希少癌、原発不明癌患者
である。多数の遺伝子変化を同時に網羅的に精査可能となり、癌の遺伝子情報は詳細に把握でき、創薬がそれを急ピッチで追いかけている。しかし、現実は厳しく、治療薬にたどり着く(druggable)のは、1-2割である。しかも、保険承認されていなかったり、臨床試験段階であったりする。検査前に、この現実を患者には、よく理解して頂く必要がある。また予期せず、遺伝性疾患(リンチ症候群:常染色体優性遺伝)などが判明することがあると、大腸、胃、子宮、卵巣などの定期的な検診が必要で、また近親者にもこの事実を知らせるべきか検査を勧めるべきかとの問題が発生する。
肺腺癌を考えた場合、癌細胞のドライバー遺伝子変化は、EGFRが50%、ALKが5%、ROS1が1-2%、BRAF1%、などがあり、これらの遺伝子変化には、それぞれ、分子標的薬が存在し、奏効率60-80%(以前からの抗癌剤では20-30%)と効果が良くまた、無増悪生存期間も年単位になる。(抗癌剤では3-6か月)。これらの遺伝子変化が見つかり適切な分子標的薬が投与できるかどうかで、患者の生命予後を著しく変えてしまうため担当医の責任は重大である。
しかし、生命予後を改善する場合でも良いことだけではなく、例えば、以前実施した全脳照射後の後遺症としての白質脳症などの病態に長いこと苦しむことがある。
免疫チェックポイント阻害剤の出現も、肺癌患者の予後を伸ばしている。しかし、十分なインフォームドコンセントの上で、投与を決定する必要がある。頻度は低いものの、致死的な副作用として心筋炎、重症筋無力症、免疫性血小板減少性紫斑病、間質性肺炎などがあり、また効果が高い患者の場合により、甲状腺機能障害、リウマチ、Ⅰ型糖尿病など、免疫関連の病態が発症し長期に付き合う必要が生じる傾向にある。
あらゆる薬の投与が可能になってきて、これらが、奏効するかどうかで、患者の生命予後は、個人個人で大きく差がでてきた。キャンサーサバイバーとして、QOLが保てて、仕事や日常生活が継続できる患者も増えてきたが、一方、高齢患者も増加しており、判断能力の低下や、独居など周囲のサポートが不十分であったり、周囲の家族の負担も大きくなってきている。
広島市立安佐市民病院 腫瘍内科:
http://www.asa-hosp.city.hiroshima.jp/diagnosis/section08.html