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第42回例会


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42 平成20年 4月17日 医療看護学生への倫理教育における「患者の尊厳」の位置づけの批判的検討 上野 哲 先生

 医療看護学生への倫理教育における「患者の尊厳」の位置づけの批判的検討

                          上野 哲


 医療看護職に従事する予定の学生(医療看護学生)に対して「患者の尊厳」について考察する機会が「授業」の中で設けられる場合、一般的に専門職倫理教育の文脈で設定される。そして、こうした授業においては、「“患者の尊厳”を侵さないためにはどうすればよいか」という実践的対応を念頭においた予防倫理教育が行なわれる。具体的方法としては、倫理的なディレンマが生じている状況を表したケース(事例)を用いて医療看護者として望ましい行動を推察する、いわば現場に出てから直面する可能性の高い「患者の尊厳」をめぐる具体的状況のシミュレーションが多用されている。

 しかし、こうした医療看護学生向けの専門職倫理教育において用いられるケース授業には、より現実的な倫理的判断力を養えるという利点がある一方で、「ケースで問題となっている鍵概念自体の再考を許さない」「組織や制度の不備で生じている問題も個人の責任の範囲内で捉えてしまう傾向が生じる可能性が高い」という欠点もある。例えば、医療看護学生向けの倫理教育において「患者の尊厳」を取り上げる場合、まず講義形式で「患者の尊厳」の定義や意味について一定の答えを学生に与えたうえで、その「患者の尊厳」の尊重が問題になる具体的場面において、医療看護者としてより適切な判断や行動を行なうためのシミュレーションを具体的事例を用いて行なうためにケースメソッドが用いられる。ケースメソッドの授業で「患者の尊厳」に関する解釈の妥当性を問い直し続けることはほとんどないだろう。さらに、組織や制度の不備により生じている倫理的問題に関しても、基本的に医療看護者は「それでも、眼前の患者の尊厳を守るための最良の判断をしなければならない」ので、組織や制度の不備のつけを個人で拭うような判断を、暫定的にではあっても求められてしまう。

 本発表の目的は、こうした医療看護学生に対する専門職倫理教育において用いられているケースメソッド授業の欠点を指摘し、改善策を例示することにある。具体的には、発表者が学生有志とともに6年前より行なっている、ハンセン病療養所における元患者への聞き取り調査を中心としたフィールドワークを、ケースメソッド授業の欠点を補うための試行的取り組みとして紹介する。元患者の証言に接し続けている学生の中では、「患者の尊厳」に関する意識は変化していく。この思考過程の末に学生が最後にたどり着くものは「組織・制度のしがらみ」の根深さと「“患者の尊厳はそもそも理解できない”“にもかかわらずそれでも理解する努力を続けながら行動しなければならない”」という葛藤の認識である。こうした認識を頭の中で行なうのではなく体感することは、ともすれば「誰のための、患者の尊厳か」を忘れがちになる可能性がある医療看護学生向けの専門職倫理教育で重要な意味をもつ。



 

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