生命の誕生は、人と人との出会いで始まる。そして生殖という営みは、現在まで解明されてきた科学に裏づけされている一方で、解明され得ない無限の神秘も伴っている。このHuman Reproductionの繰り返しが、時代を超え人類の進化をもたらしている。古代から現在までこの人類の継承のプロセスは変わりなく、その生命の尊さは普遍的であるが、時空を超えた絶対的な倫理というものはない。
まず、一連の生殖過程においてどの時点から一つの生命とみなすのであろうか。精子と卵子が受精し、受精卵は子宮内に着床、妊娠4週ごろ妊娠検査が陽性を示し、その後、超音波検査で心拍動や胎芽・胎児が確認できるようになる。このように誕生のプロセスの中では、時期によって様々の方法で一固体の起源が認識される。そこである時点を境として一つの生命とみなすよう定義することは倫理的に不可能で、やはりどの時点であれ一固体の起源の存在が認識できた時点から、それは既に一つの生命であると考える。
この生命の誕生に関る倫理的問題として、従来から避妊や中絶など、生命誕生の阻止に関する倫理的問題は存在した。1983年に日本で初めて体外受精が行なわれて以来、このような生殖補助医療(Assisted Reproductive Technology:ART)の増加に伴い浮上してきた新たな倫理的問題として、非配偶者間の卵子・精子の提供、着床前診断、胎児減数手術、代理懐胎、男女産み分けの問題があげられる。このようなHuman Reproductionの人為的コントロールに関る新たな問題について、社会全体が理解し考えることが重要である。
まず、非配偶者間の卵子・精子の提供における問題点は、子供を望む夫婦の自己決定権に対し、夫婦とは全く違う人格の一人の子供が誕生するという点にある。配偶子(卵子・精子)の提供に関して子供の同意は一生涯得ることはできない。また、配偶子提供者は基本的に匿名となっているが、出生した子供が将来希望した場合には出自を知る権利も主張るすことができる。
次に着床前診断における問題点として、一つには、診断された受精卵が廃棄されることに対する倫理的問題がある。また、受精卵の選別に対し、ハンディキャップを持った人たちからの優性思想につながるという批判がある。一方で手技的問題として、本来自然妊娠が可能な人に対しても、受精卵を得るために体外受精を行なわなければならないという欠点もある。これらの観点から日本での着床前診断は、重篤な遺伝性疾患に限られ、症例ごとに申請が必要で、日本産婦人科学会の小委員会で審議して認可された症例に限定されており、現在までに承認された症例は約40件である。
また、超少子化社会を支えている高度周産期医療の中では、出生前診断が進歩し、そこでも生命の誕生に関わるさまざまな倫理的問題が提起されている。様々な出生前診断が、慎重な妊娠管理を期待されて行なわれるため、その結果の説明・管理方針の決定・児とその家族に対するアフターケアに至るまで、細心のケアが求められる。
生命倫理に関る症例では特に、このような細心のケアを備えた周産期医療を提供するために、当院では遺伝子診療部において各科の臨床遺伝専門医と看護職・心理職などの専門スタッフが連携して遺伝カウンセリングを行なっている。遺伝子診療部は現在5年目を迎え、年間約270例のクライエントを診させていただいているが、医療の著しい進歩に伴い様々な倫理的問題が浮上している現在、今後もさらに需要は増えると考えられる。このような現状の中、われわれ医療従事者は医療全般における生命倫理について、またそれぞれの専門分野での生命倫理について改めて熟考し、現在の医療技術を人の幸福のために最大限に活用できるよう努めていくべきである。