親が死亡した後、その凍結保存精子を用いて妻が体外受精や人工授精を受け、子供を産むという死後生殖が、わが国で少なくとも5件実施され、2001年から2004年までに4人の子供が生まれている。この5件は、松山、東京、大阪、長野で実施された。、松山の事例は、父親の死後に生まれた子供と、亡き父の間に親子関係があるか否かをめぐって裁判が起きた。最高裁は2006年9月、死後生殖の問題は法律によって解決されるべき問題であり、法律がない以上、親子関係は認められない、とする判決を示した。
松山の例は、1995年、アメリカにおいて、夫の死後、凍結保存されていた精子で双子の女児が生まれたウッドワード夫妻のケースと経緯が似ており、マサチューセッツ最高裁は、夫が死後生殖に同意していたことを理由に、子供が父の遺族であるとして、遺族年金の受給権を認めた。 大阪の例は夫の生前の同意が明確に残っている点で注目される。これは、体外受精を行ったが子供が生まれなかった夫婦間において、夫が妻に対し、自分の死後に凍結精子で人工授精を続けてほしい旨の自筆の手紙を残し、2001年に死亡した。妻は2003年、アメリカ・ネバダ州の病院で夫の凍結精子を用いて体外受精により妊娠し、日本で出産したという事例である。
このほか、交通事故で臨床的に脳死と診断された夫から、妻や母親が精子の採取を希望したケースや、昏睡状態の夫から精子が採取されたケースもある。
わが国では、生殖補助医療によって生まれた子供に関する特別な規定は現行民法には存在しない。医療技術が急速に進歩しているにもかかわらず、それを適正に実施するための法的な整備は不十分であり、時として、生まれた子供の地位が不安定になることがある。諸外国では、死後生殖が実施されているアメリカ、書面による同意があれば認められるイギリス、死後生殖を禁止したフランス、ドイツなど対応は分かれている。
日本では、日本産科婦人科学会が2007年4月、死亡した夫の意思が確認できないとして、死後生殖を禁止する会告を決定した。
2007年11月の「生殖補助医療技術に関する意識調査」の結果によると、夫の死後、妻が妊娠・出産した事例について、一般回答者の48・4%が、「生前の夫の意志が書面で確認されれば行われて良い」と答え、「行うべきでない」という反対意見33・2%を上回った。一方、産科医師の回答では逆の結果が出た。死後の生殖を「行うべきでない(夫の死亡とともに凍結精子も廃棄すべき)」とする回答が57・5%あり、「書面があれば行われてよい」の33・8%より多かった。産科医師に反対意見が多いのは、学会の会告決定を反映したものとみられる。