医療と倫理を考える会・広島
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第49回例会


開催年月日   テーマ  話題提供者
49 平成21年 6月25日 新型インフルエンザウィルスの知識 坂口 剛正先生


新型インフルエンザウィルスの知識


  

広島大学大学院医歯薬総合研究科 ウィルス学
   
教授
 坂口 剛正 


 2009年4月の終わりにメキシコで新型インフルエンザが流行していることが報道され、その後、日本を含む各国で患者が確認された。現在(6月24日)世界108カ国で55867名の感染が確認され(国内では989名)、WHOにより世界的大流行(パンデミック、フェーズ6)が宣言されている。この流行に先だって、1998年頃から、ブタ・トリ・ヒト由来の3種類のウイルスからの遺伝子をもつ新たなウイルスが北米の豚に存在し、2005年以降、豚からヒトへの散発的な感染が報告されていた。今回の新型ウイルスは、このウイルスの8本の遺伝子のうち、2本がユーラシアのトリウイルスに由来する遺伝子と置き換わったものである。これによってヒト間での伝播が容易に起こるようになったと考えられる。ブタ由来のウイルスと考えられるが、実際にブタから分離された報告はない。(逆にヒト患者からブタが感染した報告がある。)

 新型ウイルスは、毎年流行している季節性インフルエンザのソ連型(ロシア型)と同じH1N1の亜型であるが、抗体は互いに反応しない。従って現行のワクチンでは有効な感染阻止抗体は得られない。一方で、1957年以前に生まれた人の血清中には新型ウイルスに反応する抗体があるという報告があり、そうであれば、これらの人では感染率の低下や重症化の阻止が起こると予想される。

 致死率は当初高かったが、感染が広がって例数が増えるに従って下がっている(現在、約0.4%)。今後、季節性インフルエンザ並み(約0.1%)に近づく可能性がある。健康な人ではそれほど重症ではないと言われている。しかし、高リスク群(心血管疾患、高血圧、喘息、糖尿病、関節リウマチ、その他慢性疾患を背景に持つ者や妊娠後期の妊婦など)の人が感染すると、重症化、死亡する場合がある。実際に新型ウイルスで確認されている死者の多くは高リスク群であったことがわかっている。また、いままで明らかにされているウイルス強毒性と関連するウイルスの分子マーカーは今回の新型ウイルスには認められない。

 健康保険で使用可能な抗インフルエンザ薬のうち、アマンタジン(シンメトレル)には耐性であるが、オセルタミビル(タミフル) とザナミビル(リレンザ)には感受性であり、これらの薬剤が効果を発揮する。

 今後、夏にかけて流行は一旦収束し、冬に流行が広がると考えられる。数年でほぼ全員が感染し、それ以降は季節性インフルエンザとして毎年流行を繰り返すウイルスになると予想される。一方で、 流行を繰り返すうちにウイルスが強毒化する危険もある。鳥インフルエンザ(H5N1)がヒト間の感染を起こすように変異する危険もなくなったわけではない。今後の流行時には患者が大量に発生し医療機関は大混乱になると予想される。これまでのウイルス蔓延阻止(水際作戦、発熱外来)から重症者の治療に重点を移した対策をとる必要があると考える。





 

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