「遺伝子検査と倫理 -正解のない問題を誤らないために-」
医療法人社団 福原医院 理事長・院長
臨床遺伝専門医・指導医
檜山 桂子
20世紀、遺伝子解析は専門の研究者のみが携わっていた。しかし、一般医療にも遺伝子検査が拡がり、保険診療となった遺伝子検査が増えつつある現在、一般医も一般市民も遺伝子検査の功罪を知らずには済まされない時代を迎えている。遺伝子検査は、明解な確定診断や個別化医療を実現させてくれる半面、究極の個人情報を意図した以上に暴露するという倫理的問題を抱えている。直面する問題に対処すべく国や学会が指針を策定しても、それが世に出た時には既に遺伝子解析技術はそれがカバーする限界を超えて進んでおり、またこれに対処すべく指針を改定する、ということを繰り返している。遂に本年2月に策定されたヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針では、それまで「すべての関係者においてこの指針を遵守することが求められる」という文言であったのを「この原則を踏まえつつ、個々の研究計画の内容等に応じて適切に判断することが求められる」と変え、指針には遵守すべき正解を示しきれず、個々の担当者や倫理委員会の判断に委ねるしかないことを示した。今回は、遺伝子検査のこの倫理的問題について検討してみたい。
遺伝子関連検査は大きく3つに分類される:
- 病原体遺伝子検査(病原体核酸検査): ヒトに感染症を引き起こす外来性の病原体(ウイルス、細菌等)の核酸(DNAあるいはRNA)を検出・解析する検査
- ヒト体細胞遺伝子検査: 癌細胞特有の遺伝子の構造異常等を検出する遺伝子検査および遺伝子発現解析等
- ヒト遺伝学的検査(生殖細胞系列遺伝子検査): ゲノムおよびミトコンドリア内の原則的に生涯変化しない遺伝情報検査
倫理的問題が議論されるのは3番目の「ヒト遺伝学的検査」であり、これはさらに
1) 多因子疾患、薬物の効果・副作用・代謝等の
多型 (polymorphism)・多様性(variation) 解析
2) 単一遺伝子疾患の変異 (mutation) 解析
に分けられ、特に単一遺伝子疾患において遺伝子検査の適応、発症前診断、保因者診断、未成年者の診断、出生前診断、着床前診断などの倫理面が検討されてきた。しかし最近の分子遺伝学的解析法の急速な進歩により、
3) 全遺伝子解析(次世代シークエンサー解析)
が実用化され始め、それにより検出された偶発的所見(Incidental Findings)をどこまで開示すべきか否か新たな問題を生じている。
これらまだ正解がない問題を誤らないために、我々一人一人が遺伝子検査の功罪を理解することが求められている。
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