こどもの歯科医療と倫理
広島大学大学院医歯薬保健学研究院 小児歯科学 教授
香西 克之
超少子高齢化の到来は口腔疾患状況の変化にも影響を及ぼしている。特に,高齢化に伴う慢性歯周炎人口の増加や小児の齲蝕減少は,日本の歯科医療や口腔保健の方向性に影響を与える。このような状態の中で医療は常に国民の健康を念頭に置いて対応しなければならない。
(1) 子どもの齲蝕(むし歯)の減少で見えてきたもの
国内では,統計調査が示すとおり齲蝕が減少し,特に小児期の齲蝕の減少は著明で,長年にわたる医療・行政(教育)・親(保護者)の努力の成果といえる。また齲蝕自体も軽症化し,重症齲蝕も減っている。しかし,これは予防がコントロールできる子ども達に限られている。有病児,発達障害児,一部の被虐待児(ネグレクト)に,重症齲蝕が顕在化していることを考えると,今の小児齲蝕の予防は,いわば家庭押しつけ型といえる。第二次健やか親子21の次の10年後の目標の一つに「3歳児90%が齲蝕なし」が挙がっているが,これを実現するためには水道水や食塩へのフッ化物添加も視野に入れた多方面の齲蝕予防対策が必要である。
(2) 歯列不正と社会的価値観
米国では歯列や咬合がきれいであることが就職にも左右し,歯科矯正を社会的価値の一つととらえている。しかしTVを観ていると英国出身俳優は米国の俳優と異なりあまり歯科矯正はされていないことに気がつく。日本でもきれいな歯列が好まれる風潮はあるが,かといってスポーツ選手には反対咬合(下顎前突)もいる。摂食機能障害を呈するほどの歯列不正は治療が必要であるが,機能障害がない場合や本人の意志が全くない場合は,本人が十分理解し治療を望むまで待つのが賢明である。
(3) 齲蝕予防につづく歯周炎対策と口腔ケアについて
小児の歯周病(歯周疾患)のうち,歯肉炎は近年増加していることが歯科疾患実態調査でも報告されている。しかし,歯周炎に関しては小児期に発症する歯周炎(侵襲性歯周炎)の発症頻度は0.5%以下で非常に少ない。
齲蝕,歯周病(歯肉炎,歯周炎)の関連性については明確になっていないが,いずれも口腔内細菌を原因とする感染症である。菌種は異なるが,細菌の除去は予防手段として非常に有効である。小児期から歯口清掃習慣と歯科健診を継続して行っていけば高齢期になってもQOLを維持し健康な歯と口で美味しい食生活をおくることができる。
(4) 小児歯科専門医の実態と地域医療における重要性
厚労省調査では全国に歯科医師は約10万人いる。そのうち「主たる診療科目が小児歯科」はわずか2%の2千人足らず。「重複有りの小児歯科」は逆に4万人に上る。歯科診療所は6万8千施設。そのうち小児歯科を標榜する歯科医療機関は実に57%の3万8千施設を数える。少子化に反比例して小児歯科の併記自由標榜は急増の一途をたどっている。一方,日本小児歯科学会(会員数4500人)の小児歯科専門医は1500人のみである。小児齲蝕の減少と少子高齢化の影響で一般歯科医師の「子どもを診る」経験は確実に減っており,小児歯科専門医と一般歯科医の間で診断や診療技術のレベルの格差は拡大している。「小児を診る」ことに不慣れな一般歯科医が小児を診ることによるリスクが懸念される。
総合歯科医療と口腔外科,矯正歯科,小児歯科などの専門歯科医療,それに続く医科との連携など,地域連携制度の確立が待たれる。
おわりに
日本の歯科自費料金は高額と言われるが,実は歯科の保険診療が世界的に見て安価すぎるのである。歯科医療をグローバル化する際には,まず世界標準並みの歯科医療費の水準に引き上げ,同時に質の向上を促す仕組みを作る必要がある。
米国の歯科医療制度は予防を中心とした制度に大きく転換し成功した。その結果,歯科医療全体が非常に質の高いものとなり,その成果の一端として米国の職業ベスト100の第一位が歯科医師であるとの調査
(U.S. news & World Report, 2015)もある。日本の歯科医療も予防中心の制度に変えるべきであり,それには日本の歯科医療の供給側需要側全ての頭脳の大規模改造が必要である。
広島大学病院 小児歯科 / 広島大学 小児歯科学研究室:
http://home.hiroshima-u.ac.jp/pedo/indexj.html