食から考える健康寿命
前広島女学院大学 教授
広島大学名誉教授
瀬山 一正
我々は、植物性食品と動物性食品の摂取割合を植物性の方に傾けると尿がアルカリ化し尿酸排泄が増えることを発見した。この実験結果は食品選択により高尿酸血症・痛風の予防が可能であることを示唆する。我々が尿のアルカリ化に際し摂取を促進する事を勧める植物性食品は、生活習慣病のそれぞれの専門学会が推奨する野菜・果物摂取量を増やすこととも軌を一にする、それは何故か。植物性食品の特徴は、有機酸のカリウム塩、ミネラル・ビタミンが豊富、植物性化学物質(抗酸化作用、抗癌作用)の含有量が高い。従って、これら食品の代謝後に生体機能に与える主要な影響は、アルカリ成分を生成する事とK+利用が促進されることである。
現代人の尿は、酸性化傾向が続きそれに伴い高尿酸血症・痛風の発症が増加の一途を辿っている。その原因は、現代食が、エネルギーはあるが栄養的価値の低い穀物、精製糖、油脂などで、2/3が構成され、有機酸の少ないこれら食品(エネルギー豊富、栄養価欠乏食)が代謝されるので、アルカリ性成分の生成が非常に少ない事にある。これに対して肉等のタンパク質代謝では硫酸が生成される。アルカリ性成分の不足は生成された硫酸を体内で中和し切れず、残った酸が尿を介して排泄されるので、現代人は酸性尿を出しているといわれる。
この様な食の形に至ったのは、食に関して、ヒトの進化以来今日までに二回も大きな変革を経験しているからである。一つは、1万年前に導入された農業・牧畜革命であり、もう一つは2百年前の産業革命である。進化の過程で、生きている時間の食環境に最も良く適応した動物が生き残ったと考えられる。ヒトについても例外ではなく、進化開始以来1万年前に農業革命が齎されるまでの, 進化以来5百万年にのぼる旧石器時代までの長い時間での自然環境に人の生理機能が最もよく適応していると考えるのが合理的である。従って、旧石器時代の食について、考古学的、人類学的検証結果を基に明らかにすることは問題の参照点を得ることになるので重要である。エネルギー豊富、栄養価欠乏食が利用できなかった旧石器時代人は、このエネルギー分を自然から葉物野菜、根茎、種実、果物などの植物性食品に依存せざるを得なかった。これらを考慮して159種類のモデル食を想定し計算した結果、尿はアルカリ性であり、K+は現在の4倍の摂取があったのではと推測している。
この様な背景から現代食を常用しているヒトは、進化の過程で適応し獲得した生理機構に対して、酸生成過剰であり、K+摂取量は不足している状態下にあることになる。量的には医学上の定義における正常値範囲内とはいえ、慢性の代謝性酸症と低カリウム血症の状態にあると云える。
食の健康に与える影響については長い期間の観察を基とする疫学的研究が主体であるが、短期の実験的研究の成果をも含めて考えてみると、以下の様な生活習慣病に対する関連性が指摘されている。酸症1)腎臓:加齢による腎機能低下の加速、2)骨格筋:グルタミン供給増による消耗とサルコぺニア、3)骨:緩衝作用に使われ脱灰の結果、骨粗鬆症、4)肝臓:アルブミン合成低下と主要代謝制御物質輸送不足。低カリウム血症 1)アルドステロン、インスリン分泌不足、2)細胞内酸性化、細胞内ストレス、3)血管平滑筋収縮と高血圧、4)膜電位の過分極による神経、骨格筋の運動緩慢、心拍数の低下を起こし、生活習慣病の背景因子となっている。
食は文化であるから、現代食を楽しみつつ生活習慣病予防を目指した野菜・果物摂取量をどれくらいにすれば良いかを決める基準値の設定に関してここで議論する。
(広島女学院大学は栄養学の視点から具体的献立提案することを目下模索している。)
広島女学院大学人間生活学部管理栄養学科
http://www.hju.ac.jp/faculty/life-design/nhp/index.html