タバコの倫理
~吸わんほうがええで、吸わされんほうがええで!~
一般社団法人 広島市医師会 会長
松村 誠
タバコは20世紀において、世界で1億人以上のいのちを奪っており、最も多くの死を人類にもたらした物質である。かつ、現在わが国で合法的に摂取できる物質では最大の健康脅威である。喫煙に起因する死亡者数は、現在、全世界で500万人に上り、6秒に1人が能動喫煙により死亡している計算になる。わが国では、毎年約13万人が能動喫煙によりいのちを落としている。また、タバコは喫煙者のみならず、受動喫煙者のいのちも奪う物質である。受動喫煙により世界で約60万人が、日本では約1万5千人が死亡している。
タバコ問題は3つの倫理問題である。1つは受動喫煙等の環境倫理問題、次は胎児への健康問題等の生命倫理問題、そしてタバコ会社による偽りのイメージ広告等の企業倫理問題である。
厚生労働省が15年ぶりにまとめた喫煙の健康への影響に関する報告書「たばこ白書」によると、受動喫煙でも、肺がん、脳卒中、心筋梗塞などのリスクが確実に高まるとし、日本の受動喫煙対策を「世界でも最低レベル」と厳しく批判して、「公共の場の屋内の100%禁煙化を目指すべき」と提言した。
喫煙は、喫煙者の自発性に基づく行為であるので、喫煙者の健康被害は「自己への危害」であり、愚考権を行使したものである。しかし、喫煙者は皆、リスクを認識しているのだろうか。そして、自発的に受け入れているのだろうか。タバコのパッケージにある「あなたの健康を損なうおそれがありますので、健康に注意しましょう」という曖昧な表示では吸い過ぎなければ大丈夫と考えている喫煙者がいるのではないか。まさに、環境倫理と企業倫理の問題である。タバコ企業という巨大産業が絡んだ深刻な公害問題である。
そして、母親の喫煙によって胎児が危害を被ることは確証されており、妊娠中の喫煙は早産や出生時体重の低下、死産、乳児死亡率と深い関係にある。喫煙が胎児の適切な成長に決定的な影響を及ぼす妊娠3カ月の頃は、中絶が認められている。確かに中絶をする権利があるが、その権利を行使せず妊娠を続けるなら、妊婦は胎児に安全で健康的な環境を与える責務がある。即ち、胎児に対する生命倫理の問題である。
また、受動喫煙については、副流煙の成分を分析した結果、主流煙よりも多くの発がん物質が含まれており、喫煙者と暮らす非喫煙者の尿中ニコチン代謝産物濃度は、軽度の喫煙者と同程度の数値が示された。また、非喫煙者が他人の煙を吸わされるときに体験するひどい不快感がある。親しい間柄では、非喫煙者の「非自発的な喫煙」でも同意もあり得るかもしれないが、不特定多数の人々が往来する駅やレストランでは同意を取り付ける訳にいかない。したがって、職場、公共の交通機関・施設・娯楽施設などでの禁煙は環境倫理の上でも当然のことである。さて、それでは家庭では同意があれば喫煙は認められるのか。前述のリスクを考えると、配偶者や子どもに危害を与えることになり、家庭でも受動喫煙はなされるべきでない。
広島平和記念公園が2018年4月から全面禁煙となることが、やっと市議会で心ある議員による議員立法で条例改正がなされ決まった。国内外からの訪問者や旅行者、そして修学旅行の子どもたちも多く訪れる所であり、平和都市ヒロシマとしては当然のことである。長崎市ではとっくの昔に平和公園を全面禁煙としており、余りにも遅いと言わざるを得ない。これは行政倫理の問題である。広島市医師会は広島市に対し「受動喫煙防止条例」の制定を強く求めている。
「吸わんほうがええで。吸わされんほうがええで!」
一般社団法人 広島市医師会
http://www.city.hiroshima.med.or.jp/
医療法人 松村循環器・外科医院
http://www.matsumura-cc.jp/