耳鼻咽喉科診療と倫理~経験例を中心として~
広島大学名誉教授
夜陣 紘治
耳鼻咽喉科医として、診療に携わって約50年になる。この間、患者さんの診療には熱心に当たってきたつもりではあるが、医療倫理ということを常に意識してきたわけではない。では、倫理あるいは倫理観というものを持っていないのかと問われれば、そういうことでもないと思う。振り返ってみれば、多くの患者さんを治療してきた過程で、その患者さんから、知らず知らずのうちに倫理観の一端を身につけさせて頂いたと思う。
貴重な経験をさせて頂いた多くの症例の中で、下記に示すように、特に忘れられない事例の幾つかを経験したおかげと考えている。
- 昭和40年代の頃、効果的な治療法のない舌癌の末期の患者さんに対して、なすすべもなくガーゼ交換のみを行う絶望的な毎日を経験したこと
- 外来診療で、失敗して患者さんに苦痛を与えたこと
- 手術によって後遺症は残ったが、社会復帰されて喜んでもらっていると思っていたところ、数年後にクレームを受けたこと
- ありふれた耳鼻科疾患と思い治療していて、思わぬ重症血液疾患であり不勉強を自覚させられたこと
- とかく読み過ごしがちな月刊誌の論文によって、生後間もなくから幾度も治療を受けていた患者さんの再発を防ぎ、事なきを得たこと
- 再建術を含む大手術を行い、QOLを一時的には得られたと思ってもしばらくして再発した癌患者さん
- 現在の医学レベルでは完全には対応できない耳鳴りのあること
等であるが、医師としての限界や医学の限界を、個人的に実感している現況について述べた。
広島大学耳鼻咽喉科同門会:
http://home.hiroshima-u.ac.jp/jibika/doumonkai/index.html